| 小学校3年の時に、サッカーを始め、そのあとずーと、サッカー人生。大学2年の時、ふとしたことから、雑誌「ぴあ」のはみだしぴあを読んで、演劇集団「ええじゃないか」を見つける。さっそく、上京しオーディション、持ち前の歌えない、踊れない、喋れない、おまけになまる!を披露。当然、落選。しかし、執拗なねばりとひどい勘違いから、座長以外の人に支持され、入団。林屋クーペさん、小坂恭子さんと出会う。林屋クーペさんからは、芸能界のいい加減さを学び、小坂さんからは、芸能界の厳しさを学ぶ。2年後には、主役を張るに至るが、意見の相違から、退団。退団のついでに、大学を中退。持ち金が、500円を切ったので、履歴書を持って、渋谷の道玄坂から、歩いて、バイト探し。青山まで来たところで、「カフェプランタン」に行き着く。ここが、実は、芸能一家、松山家の経営する喫茶店であった。さっそく、その場で1000円の生活費をもらい、働き出す。もらいついでに、劇団の授業料を肩代わりして貰って、自由劇場に入る。そこで、持ち前の歌えない、踊れない、喋れない、おまけになまる!を披露。芝居よりも空気を学ぶ。しかし、一年で、クビになる。じゃあ、と言う事で、松山政路師に弟子入り。あっという間に10年、もう、いいんじゃない?と考え独立、以後、色々な事務所を渡り歩きながら、試行錯誤を繰り返す。2002年フランスと出会う。若い頃、100人人がいれば、100人の人が、僕に芝居を辞めた方がいいって助言してくれた。ところが、フランスって国は、僕にトレビァン!って、お世辞でも言ってくれた。目から鱗が、いっぱい落ちてしまって、もうなんだか前が見えなくなってしまったのかもしれない。あとは、もう進むしかないでしょう。ちなみに、所属事務所募集中です。 |
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